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東京地方裁判所 平成6年(ワ)11709号 判決

原告

林裕司

右訴訟代理人弁護士

藍谷邦雄

小原健

水上洋

被告

日新火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

縄船友市

右訴訟代理人弁護士

宮原守男

倉科直文

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金九一七万〇八七六円及び内金一八八万七七八九円に対する平成六年六月二九日(訴状送達の日の翌日)から、内金七二八万三〇八七円に対する平成一〇年七月二八日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が被告に対し、中途採用の原告と被告との間で、新卒同年次定期採用者(なお、「新卒同年次定期採用者」とは、原告と大学卒業年次が同じで、卒業と同時に被告に採用された者をいう。)の平均給与を支給することが雇用契約の内容となっていたにもかかわらず、被告は原告に対し、右雇用契約に反し、平均的格付を下回る格付による基本給によって賃金を算定したため、未払賃金が生じたとして未払賃金(時間外手当について労働基準法一一四条所定の付加金を含む。)を請求するほか、被告が社員給与規定どおりの住宅手当の支払いを一部しないとしてその未払い住宅手当、雇用契約違反の誤った格付により原告は賃金差別やその後も不当な昇級差別を受けて精神的苦痛を被ったとして慰謝料をそれぞれ請求する事案である。

一  当事者間に争いのない事実等

1  当事者

被告は、損害保険業を主たる目的とする株式会社である。

原告は、昭和五六年三月早稲田大学工(ママ)学部を卒業し、日産自動車株式会社に勤務した後、平成四年一月一日、被告と期限の定めのない雇用契約を締結し(以下「本件雇用契約」という。)、安全サービス部に配属され、顧客サービス支援業務に従事し、被告から、平成六年四月一日付けで総務部総務課勤務、平成九年四月一日付で本店営業部勤務をそれぞれ命じられた。

2  賃金体系

被告の賃金体系は、職種ごとに年齢と類・考課によって各人の本給額が決定する総額本給テーブルによっており、各人の月額基本給は原則として各人の年齢と考課評定に基づく各人の類・考課によって毎年決定される。

原告の属する職種は、事務給者本給テーブルによっているところ、右テーブルは、Ⅰ類からⅣ類まであり、各類はEからAまでに分かれている(ただし、Ⅲ、Ⅳ類はDから始まり、EからAがさらにA1、A2のように分かれる部分もある。)。

3  原告の賃金

原告の格付及び月額基本給は、次のとおり推移してきた。

平成四年一月九日 格付Ⅱ類D、

月額基本給二三万二七〇〇円

平成四年四月一日 格付Ⅱ類D、

月額基本給二四万四二〇〇円

平成五年四月一日 格付Ⅱ類C、

月額基本給二六万五四〇〇円

平成六年四月一日 格付Ⅱ類C、

月額基本給二七万二八〇〇円

平成七年四月一日 格付Ⅱ類D、

月額基本給二七万三八〇〇円

平成八年四月一日 格付Ⅱ類E、

月額基本給三〇万七四〇〇円

平成九年四月一日 格付Ⅱ類D、

月額基本給三一万五〇〇〇円

平成一〇年四月一日 格付Ⅱ類D、

月額基本給三一万五〇〇〇円

二  争点

1  本件雇用契約の内容

(一) 原告の主張

(1) 原告は、平成三年六月二七日付け求人誌「Bーing」に掲載された求人広告を見てこれに応募した。右求人広告の内容は、中途採用者も新卒同年次定期採用者と同額の給与を支給するというものであり、同年一一月五日の被告の開催した会社説明会においても人事部の近藤健三課長(以下「近藤課長」という。)からも同様の説明があった。そこで、原告は、同年一二月二五日に被告から採用通知を受領し、それに対して誓約書等を被告に送付した同日ころ、原告と被告との間に、被告は原告に対し、その新卒同年次定期採用者と同額の給与を支給することを内容とする期限の定めのない雇用契約が成立した。

(2) 被告に採用された後の原告の格付及び基本給月額の推移は前記一3記載のとおりであったが、被告において、新卒同年次定期採用者の平均的格付及び平均基本給月額の推移は次のとおりであった(なお、ここでいう平均的格付とは、原告と同年齢の被告社員中最も多人数になされている格付である。)。

平成四年一月九日 Ⅱ類C、

二四万四三〇〇円

平成四年四月一日 Ⅱ類B、

二七万二〇〇〇円

平成五年四月一日 Ⅱ類B、

二八万一四〇〇円

平成六年四月一日 Ⅱ類A、

三〇万五一〇〇円

平成七年四月一日 Ⅱ類A、

三〇万九五〇〇円

平成八年四月一日 Ⅲ類C、

三六万三七〇〇円

平成九年四月一日 Ⅲ類C、

三九万〇〇〇〇円

平成一〇年四月一日 Ⅲ類B、

四〇万九五〇〇円

(3) 前記のとおり、被告は、原告に対し、本件雇用契約に反して、新卒同年次定期採用者の平均的格付よりも低い格付しかしなかったため、原告は、格付によって定まる基本給のほか、基本給等を算定の基礎として支給される付加給、臨時給与(被告の実績によって支給額が左右される賞与とは異なり、本給と並ぶものとされており、毎年三月、六月及び一二月に支給される。)、時間外手当のそれぞれについて新卒同年次定期採用者の平均より低額しか支給されないという賃金差別及び昇級差別を受けてきたものであり、その差額は別紙〈略〉のとおりとなる。

(二) 被告の主張

被告は、原告との間で、新卒同年次定期採用者と同額の給与を支給することを本件雇用契約の内容として合意したことはない。

原告が主張する求人広告にしても、新卒同年次定期採用者と同額の給与を支給する旨明示したのは、平成三年当時、平成元年及び同二年に卒業した者を「第二新卒者」とし、これらの者を対象としてであった。また、被告担当者も原告の主張のような説明をしたことはない。

被告における中途採用者の基本給月額の格付について、考課運用や年収水準につき既存の新卒定期採用者との関係で整合性を保つために、被告は、その労働組合との合意に従って定めている「『中途入社者』についての給与処遇・考課運用に関する運用基準」(以下「運用基準」という。)に従い、個別ケースごとに労使協議を経て最終決定をしており、会社説明会等において、被告担当者がこれに反する説明をしたことはない。

運用基準によれば、原告の初任給決定については「当該年齢の現実の適用考課の下限を勘案し、個別に決定する」と定められているところ、原告の入社した平成四年一月当時、その年度の期首(平成三年四月一日)における満年齢三三歳の事務給職員三八名の被告における考課分布は、Ⅱ類B八名、Ⅱ類C二四名、Ⅱ類D六名であったから、原告がⅡ類Dに格付されることは正当であり、平成三年一二月二五日に行われた労使個別協議により了承され確定したのである。

また、中途採用者の(初任給決定後の)翌年度以降の昇級・昇格にかかる考課運用は、運用基準に従い、既存事務給者(ママ)と同様の「考課評定要領」によっており、新卒同年次定期採用者の平均給与に自動的に考課されるものではなく、原告の考課が低いのは成績不良によるのであり、被告の原告に対する格付は正当である。

2  住宅手当

(一) 原告の主張

被告は、住宅手当を支給し、配偶者・子の有無、単身独立生計の場合は扶養親族の有無によってその支給額を定めている。原告は、単身独立生計の場合であるが、親を扶養しており、所得税法上もその控除を受けているので、被告の社員給与規程一八条、社員給与規則九条の「扶養親族を有する単身独立生計者」に該当するにもかかわらず、原告に対しては、扶養親族が無い者に該当する手当しか支給しておらず、別紙〈略〉のとおり扶養親族を有する場合に支給される住宅手当との差額を生じている。

また、被告の社員給与規程に所得税法上の扶養親族を有する単身独立生計者について「本人と同居し扶養している場合」と規定されているとしても、本件雇用契約時に被告が原告に対して明示したのは「単身者(扶養者有り)二万九五〇〇円」(自宅の場合)というにとどまり、通常「単身者」とは一人で生活している者を言うものであることからすれば、本件雇用契約の内容としては、同居を条件としていないと解される。そして、労働契約の内容は、個別的な契約自体がまず優先するから、原告に対し、被告の明示どおりの住宅手当が支給されるべきである。

(二) 被告の主張

被告が住宅手当を、配偶者・子の有無、単身独立生計者の場合は扶養親族の有無に応じて支給していることは原告主張のとおりである。

しかし、被告の社員給与規程一八条に定める「単身独立生計者」とは、配偶者がなく、かつ扶養親族である子もいない「自ら一戸または一室を構え、その生計を維持する者」であり、同条は「単身独立生計者」をさらに「所得税法上の扶養親族を有する者」と「所得税法上の扶養親族が無い者」とに二分し、前者を「本人と同居し、扶養している場合(生計を一にする証明書を添付すること)」と定義づけており、原告は親と同居していないので同条に定める「所得税法上の扶養親族を有する者」には該当しない。

また、原告の入社時、被告が明示した「単身者(扶養者あり)二万九五〇〇円」、「単身者(扶養者なし)二万六〇〇〇円」は、被告の社員給与規程及び給与細則に規定する「単身独立生計者」の「所得税法上の扶養親族を有する者」、「所得税法上の扶養親族が無い者」の区分に対応するもに(ママ)にすぎない。

3  慰謝料

(一) 原告の主張

原告は、被告が本件雇用契約に反して、原告に対し、卒業同年次定期採用者よりも低い格付をしたことにより、賃金差別を受け、その後も不当な昇級差別を受け続けてきて(ママ)たほか、これら被告の違法行為を労働基準監督署等へ申告した後は退職強要等の不当な取扱を受けてきている。原告は、これら一連の被告の右違法行為により多大の精神的苦痛を被むったもので、これを慰謝するには一〇〇万円が相当である。

(二) 被告の主張

原告の主張を争う。

第三当裁判所の判断

一  本件雇用契約の内容について

1  (証拠・人証略)及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ(当事者間に争いのない事実を含む。)、右証拠中これに反する部分は信用できず、採用しない。

(一) 原告は、昭和五六年三月に早稲田大学理工学部を卒業し、同年四月日産自動車株式会社に入社して同社横浜工場に勤務し、自動車エンジンの設計や品質管理、市場クレーム対策等の業務に従事していたが、平成三年七月中旬ころ、同年六月二七日付けの転職情報誌「Bーing」の被告の中途採用者募集広告を見て、被告の募集に応募した。

右求人広告(〈証拠略〉)には、「キャリアを活かした転職もよし。」、「新卒としてやり直すもよし。」、「住みなれた土地で落ちつくもよし。」との大見出しのもとに、「◆たとえば、キャリアを活かした転職。業界経験、職種経験をフルに発揮して、もっと満足できる環境の中で能力を磨きたい。そんな方には、きっと納得していただけるような待遇を用意してお待ちしています。◆あるいは、第二新卒としてやり直してみたい方。八九年、九〇年既卒者を対象として、もう一度新卒と同様に就職の機会を持っていただく制度があります。もちろんハンデはなし。たとえば八九年卒の方なら、八九年に当社に入社した社員の現時点での給与と同等の額をお約束いたします。」という記載がある。

(二) 原告は、被告の求人広告に応募後、筆記試験及び三回にわたる面接試験の後、平成三年九月二日ころ、被告からの内定通知を受領し、同年一一月五日、被告が開催した会社説明会に出席した。

被告においては、転勤のない地域限定型とそうではない全国型とに分けて社員を採用しており、原告は全国型に該当するところ、右会社説明会は両者に対する説明の後、両者を分けて説明しており、地域限定型の内定者に対しては人事部宮島洋人事課長が説明し、全国型の内定者に対しては近藤課長が説明をした。それまでの面接の段階では雇用条件等についての説明はなされていなかったが、被告は、右会社説明会において「本給・手当項目」(〈証拠略〉)と題する書面を交付し雇用条件、就業規則等について説明をした。しかし、この時点で既存の被告社員に適用されていた平成三年度の本給テーブル(〈証拠略〉)は示されなかった。

(三) 被告においては、満三〇歳以上の中途入社者の採用条件について、平成三年七月、労働組合との合意により運用基準(〈証拠略〉)を定めている。運用基準によれば、満三〇歳以上の中途入社者の初任給については「当該年齢の現実の適用考課の下限を勘案し、個別に決定する。」と定められており、昇級・昇格については、既存の従業員と同様である旨定められているが、最長滞留制度、経験考課年数については、既存社員に適用されているものを適用しないと定められている。最長滞留制度・経験考課年数とは、概略各格付について、同一格付に滞留する年数に制限を設けるものである。被告が労働組合とこのような運用基準の合意をしたのは、新卒で被告に入社した者と中途入社者では、一定の年数以内であれば、各社員の給与にほとんど差がないことから許容できるとしても、新卒の入社者であれば八年以上も経過すると社員間が成績評価に差が生じ、考課及び格付にばらつきが生じていく実態があるところ、中途入社者をばらつきのある同一年齢群の中で最も該当者の多い考課レベルに位置付けることは、社員全体のモラル(ママ)を害する危険があるとの認識に立って、新卒入社者との公平感の確保という観点からであった。なお、この運用基準の企画作成、労使交渉を直接担当したのは、近藤課長であった。

(四) 原告の格付については、入社した平成四年一月当時、その年度の期首(平成三年四月一日)における満三三歳の事務休(ママ)職員三八名の被告における考課分賦(ママ)が、Ⅱ類B八名、Ⅱ類C二四名、Ⅱ類D六名であったので、運用基準に従い労働組合と協議して平成三年一二月二五日にⅡ類Dと決定された。そのため、それ以前に原告に発送された採用内定通知には、本給の記載がなかった。原告は、平成三年一二月二五日に採用内定通知を受領しているが、平(ママ)成四年一月六日の入社式の際であった。

2  原告は、被告の求人広告の記載が中途入社者に新卒同年次定期採用者の平均給与を支給するものと解釈できる旨主張し、原告は、その本人尋問において、第二新卒者というのは、中途入社者の一部であって、「あるいは、第二新卒者」以下の記載は例示であると解釈した旨供述する。

しかし、そもそも、求人広告は、それ自体個別的な雇用契約の申込みとは言えないものであるから、その記載を直ちに原告と被告との雇用契約の内容であるということはできない。

また、被告の求人広告は、前記のとおり、中途入社者、第二新卒者を区別して明記しており、その具体的な説明も両者の項目を分けて説明する体裁を採っており、第二新卒者に関する説明は「あるいは」という書き出しで始まり、その中で、八九年卒の者の場合を例示し、第二新卒者に対しては、新卒同年次定期採用者と同額の給与を支給することが記載されており、中途入社者の説明と解するのは困難である上、中途入社者の項目では、「納得していただけるような待遇を用意してお待ちしています」と記載するにとどまっていることからすれば、同記載が中途入社者に対しても、新卒同年次定期採用者と同額の給与を支給する旨記載しているものと解することはできない。

次に、原告は、平成三年一一月五日の会社説明会の際に、近藤課長が原告に対し、新卒同年次定期採用者の平均給与を支給すると説明した旨主張し、原告は、その本人尋問において、右と同趣旨の供述及び被告の主張するように新卒同年時定期採用者の最下限であれば、入社しなかった旨の供述があり、(人証略)(以下「〈人証略〉」という。)の証言中にも原告の供述と同趣旨の証言がある。

しかし、(人証略)は、応募の動機となった求人広告の内容、採用年度が原告と異なるだけでなく、面接者や面接の際の説明も異なっており、被告に入社する際、年収六〇〇万円以上という点に主たる関心があって、入社以前に給与の概算の提示を受けて、これに納得していたこと(〈証拠・人証略〉)など採用の際の事情が原告と異なることなどからすれば、(人証略)の証言は、原告の供述の裏付けとはならない。原告も、その本人尋問において、被告からと同時期に採用内定の通知を受けた三菱自動車工業株式会社を断ったのは、製造業よりも被告のような損害保険業の方が給与が高額であろうと考えたからである旨の供述もしており、入社に際しては必ずしも新卒同年次定期採用者の平均的給与という点が最も重要であると考えていたわけではないことが窺える。また、近藤課長の説明についても、原告は、その本人尋問において、新卒同年次定期採用者と同待遇という説明を受けたとも供述している。前記のとおり、被告においては、入社後の昇級・昇格は既存の社員と同様の考課が適用されることや初任給にしても既存の同年齢の社員が分布する格付の範囲内で決定されるというのであるから、近藤課長は、これらの説明として「同待遇」という表現を用いたことも考えられないではないが、そうだとしても、直ちに誤りともいえない。さらに、近藤課長は、原告に対し新卒同年時(ママ)定期採用者の平均給与を支給すると説明したことはないと証言している上、前記のとおり、原告の採用内定時には、すでに労働組合との間で運用基準について合意済みであり、しかも、近藤課長は、運用基準の企画作成、労使交渉を直接担当し、その内容を熟知していたのであるから、原告に対し、運用基準に反する説明をしたとは考えにくい。

右によれば、確かに、原告に採用通知を送付した段階で給与を明示しなかったなど被告に不適切な点があったことは否定できないとしても、原告の入社時、原告と被告との間で、原告に対し新卒同年次定期採用者の平均給与を支給する旨の雇用契約が成立したと認めることはできないし、採用時点で同年齢の新卒入社者の最も多数が該当する格付及び月額基本給の支給をせず、新卒入社者の最下限を勘案して決定したからといって、これをもって中途入社者を不当に差別するものであるということもできない。

二  入社後の原告の格付及び基本給月額について

1  まず、入社時については前記のとおり、原告と被告との間で、原告に対し新卒同年次定期採用者の平均給与を支給する旨の雇用契約が成立したと認めることはできないし、中途入社者について新卒入社者の最下限を勘案して格付をしたとしても不当な差別とはいえないから、入社時の格付が本件雇用契約違反であるとする原告の主張を前提とした入社後の格付、月額基本給及びこれを基礎として算定される付加給、臨時給与、時間外手当についての原告と同年齢の新卒入社者の最も多数が該当する格付、月額基本給及びこれを基礎として算定される付加給、臨時給与、時間外手当との差額を請求する原告の請求は理由がないというほかない。

なお、別紙〈略〉記載の平成四年四月、八月における休日出勤については、振替休日等で処理されており、時間外手当が発生していないことは当事者間に争いがない。

2  ところで、前記のとおり、被告における入社後の昇級・昇格については、新卒入社者も中途入社者も同様の考課が適用されるところ、原告の入社時においても、満三三歳の社員の格付にばらつきがあったことは前記のとおりである上、被告の考課実態(〈証拠略〉)によれば、同年齢であっても、その全員について同一の格付がなされているわけではなく、年齢が高くなるにしたがって、同年齢の社員が分布する格付の範囲が広くなっていること、中途入社者でも、同年齢の社員が分布する格付の中位から上位に該当する者もいることなどが認められることに照らせば、被告が勤続年数に応じて全員が同時に昇級するようないわゆる自動昇級制度を採用していないことは明らかである。そうすると、原告の格付が、同年齢の社員の最も多数が該当する格付より低いとしても、考課は被告の裁量に属することであるから、それが不当なものでない限り、直ちに昇級差別があったということはできない。

3  そこで、被告の原告に対する考課が不当なものであったかどうかが問題となるが、少なくとも平成六年度までについては、この点に関して右を認めるに足りる証拠はない。

また、(証拠略)及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、平成六年二月、労働基準局や労働監(ママ)督署等に被告が労働基準法違反をしている旨の申告をし、同年四月一日付けで総務部総務課勤務を命じられ、印刷室での現場業務に従事しなければならなくなったこと、平成九年四月一日付けで本店営業部勤務を命じられ、郵便業務等に従事することになったことが認められ、原告の格付が平成七年四月一日にはⅡ類Dへ、平成八年四月一日にはⅡ類Eへそれぞれ下がっており、平成九年以降はⅡ類Dとされていることは当事者間に争いがない。右の事情によれば、被告の原告に対する配置転換の必要性には疑問がないわけではない。

しかし、(証拠・人証略)及び原告本人尋問の結果よれば、平成六年四月一日付けの配置転換以降、原告には肝機能障害と腰椎椎間板ヘルニアの持病があったこともあって、通院を含め、遅刻、早退、欠勤が多くなったほか、勤務時間中に居眠りをしたり、しばしば持ち場を離れたりして周りから苦情があり、上司から注意を受けたことがあったこと、本店営業部に配属後、郵便局に業務で出かける際、経理担当者からついでに切手を買ってきて欲しいと依頼されたが、自らの業務分担に含まれないとの理由でこれを拒否するなど、同僚との協調性を欠く面があったこと、被告としては、原告の配置転換について、治療をさせる趣旨で自宅待機を命じたり、原告の申出に対し、当初決定していた職場を変更するなど原告の持病に対し一定の配慮も示していたこと(十分かどうかはともかく)などが認められる。右の事実に格付が下がったことによって月額基本給自体は下がっていないこと(当事者間に争いがない。)なども併せて考慮すれば、被告の原告に対する考課が不当になされたとまで認めることはできない。

なお、原告は、その本人尋問において、月額基本給のほかに従前は支給されていたのに、平成九年、類別加算給の廃止や付加給の減額が実施されたことについて、これらを不利益取扱いであると供述するが、(証拠略)によれば、これらは被告と労働組合との間で合意された給与体系・人事諸制度の改定の結果であり、全社員に適用され、従前の給与水準を下回らないことが前提となっており、原告の全体としての賃金も減給にはなっていないことが認められることからすれば、原告のみを不利益に取り扱うものでないことは明らかである。

4  したがって、入社後についても、原告の格付を前提とする月額基本給及びこれを算定の基礎とする付加給、臨時給与、時間外手当の請求は理由がない。

三  住宅手当について

原告は、住宅手当について、会社説明会の際に示された「本給・手当項目」と題する書面(〈証拠略〉)に「単身者(扶養者あり)二万九五〇〇円」と記載されていること、近藤課長が、原告には右記載が適用されると説明したことを根拠として、原告を、被告の社員給与規程一八条、社員給与規則九条に規定される「単身独立生計者」で「所得税法上の扶養親族が無い者」として実際に支給されていた住宅手当との差額を請求する。

被告の社員給与規程一八条(2)、(4)(〈証拠略〉)には、「単身独立生計者」とは、配偶者がなく、かつ扶養親族である子もいない「自ら一戸または一室を構え、その生計を維持する者」であり、同条は「単身独立生計者」をさらに「所得税法上の扶養親族を有する者」と「所得税法上の扶養親族が無い者」とに二分し、前者を「本人と同居し、扶養している場合(生計を一にする証明書を添付すること)」と定義づけており、原告の入社当時の社員給与細則九条(〈証拠略〉)には、住宅手当の具体的な金額として、「単身独立生計者」のうち、「所得税法上の扶養親族を有する者」については二万九五〇〇円、「所得税法上の扶養親族がな(ママ)い者」については二万六〇〇〇円と規定されている。また、(証拠略)の住宅手当の項目には、「単身者(扶養者あり)二万九五〇〇円」、「単身者(扶養者なし)二万六〇〇〇円」と記載されている。右のとおり、(証拠略)に記載された具体的な金額が社員給与細則九条に記載されたものと一致していることからすれば、(証拠略)は、社員給与規程一八条、社員給与細則九条に対応するものとして記載されたものであるというべきである。一方、原告は、その本人尋問において、会社説明会の際、近藤課長に自分の母親が所得税法上扶養親族であることを説明し、「単身者(扶養者あり)二万九五〇〇円」の適用があることを確認して、その部分に下線を付した旨供述するのに対し、近藤課長は、会社説明会においては、(証拠略)に従って大雑把な説明をしただけで、原告から質問はなかったし、誤った説明をしたこともないとして、これを否認する(〈証拠・人証略〉)。前記のとおり、(証拠略)が社員給与規程一八条、社員給与細則九条に対応するものとすれば、近藤課長もその趣旨で説明したものと推測できること、会社説明会で近藤課長から説明を受けたのは原告一名だけではなかったこと(〈人証略〉)からすると、そのような席で、原告が自分の家庭の事情を説明して質問することはにわかに考えがたいことや、原告は、近藤課長の大雑把な説明を聞きながら、自己の解釈で下線を付した可能性もあること、給与明細には住宅手当の項目があり(〈証拠略〉)、それを見れば、実際に支給された住宅手当が二万九五〇〇円でないことは明らかであったにもかかわらず、原告が異議を述べた形跡はないことなどからすれば、原告の右供述は直ちに採用することができず、他に原告の主張を認めるに足りる証拠もないから、この点に関する原告の請求も理由がない。

四  慰謝料について

前記のとおり、被告の本件雇用契約違反、違法な賃金差別及び昇級差別を認めることはできず、退職強要等については、原告の陳述書(〈証拠略〉)の記載及び原告本人尋問における供述には原告の主張に沿う部分もあるが、被告はこれらを否定する上、これを裏付ける証拠もないから、原告の陳述書の記載及び原告本人尋問における供述は直ちに信用することができず、採用できないから、原告の主張を認めることはできない。

したがって、被告の不法行為はこれを認めることができないから、原告の慰謝料の請求は理由がない。

五  以上の次第で、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松井千鶴子)

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